老人を笑うな、いずれ行く道。子どもを笑うな、かつて来た道
昔からある言葉に、
老人を笑うな、いずれ行く道。
子どもを笑うな、かつて来た道。
というものがあります。
最近、この言葉を技術教育の現場でよく思い出します。
一見すると、ITとは関係ない人生訓に見えるかもしれません。
でも私は、かなり本質を突いていると思っています。
技術ができる人ほど、できない人を理解しにくい
エンジニアを長くやっていると、当たり前になってしまうことがあります。
例えば、
- Gitでコミットする
- ブランチを切る
- Pull Requestを作る
- エラー文を読む
- null を疑う
こういうことです。
慣れている人からすると、
「え、そんなの普通では?」
と思うかもしれません。
でも、学び始めた人にとっては違います。
Gitの概念ひとつ取っても、
- リポジトリって何?
- push と pull の違いは?
- main と branch は何が違うの?
という状態から始まります。
ここで経験者が言いがちなのが、
なんでこんなことが分からないの?
です。
でも、その瞬間に思い出したいのが後半の言葉です。
子どもを笑うな、かつて来た道。
自分も、最初は分からなかったはずです。
人は、自分の初心者時代を忘れる
これが怖いところです。
人は成長すると、昔できなかったことを忘れます。
初めてプログラムを書いた日。
for 文が分からなかった日。
配列で混乱した日。
インデックスが 0 始まりなのか 1 始まりなのかで頭がこんがらがった日。
きっと誰にでもあります。
でも、できるようになると忘れる。
そして、他人のつまずきに厳しくなる。
これは技術者が陥りやすい罠だと思っています。
逆に、ベテランを時代遅れだと思うのも危険
この言葉の前半も重要です。
老人を笑うな、いずれ行く道。
IT業界では、新しいものを使える人が強く見えます。
- AIツール
- 最新フレームワーク
- 新しい設計手法
- 新しい開発フロー
吸収の速い若手が輝く場面は多いです。
それ自体は素晴らしいことです。
でも時々、こういう空気もあります。
古いやり方の人は遅れている
ベテランは新技術に弱い
私は、この見方も危険だと思っています。
なぜなら、経験者には別の強さがあるからです。
例えば、
- 事故の予兆が分かる
- 設計崩壊を早期に察知できる
- 炎上案件の匂いが分かる
- 見積りの甘さを見抜ける
こういう力は、本を読んでも手に入りません。
失敗を積み重ねた人だけが持てる知恵です。
AI時代だからこそ、なおさら思う
最近はAIでコードを書くのが当たり前になってきました。
便利です。
私自身、かなり使っています。
でもAIが普及しても、変わらないものがあります。
それは、
学ぶ過程には段階がある
ということです。
AIがコードを書いてくれても、
- 何を聞くか
- 何が間違っているか
- なぜその設計なのか
を判断するのは人間です。
だから結局、
初心者には初心者の壁があり、
経験者には経験者の視点があります。
技術教育で大切にしたいこと
私は、技術教育で大切なのは、
「できる人を気持ちよくすること」
ではないと思っています。
本当に大事なのは、
できない人が、質問しても笑われない空気
です。
なぜなら、笑われる環境では人は学べないからです。
質問しなくなる。
黙る。
そして脱落する。
これはとてももったいない。
この言葉の本質
この格言の本質は、年齢の話ではありません。
本質はこれです。
人を、今の状態だけで判断するな
ということです。
今その人が、
- 未熟でも
- 遅くても
- 不器用でも
それは人生の一時点にすぎません。
初心者は成長します。
ベテランも老います。
誰も同じ場所にはいません。
まとめ
私はこの言葉を、こう解釈しています。
初学者を見るときは、過去の自分を思い出す。
ベテランを見るときは、未来の自分を想像する。
それだけで、人への接し方はかなり変わります。
技術は日々進化します。
でも、人が学ぶ構造は昔からあまり変わっていません。
だからこそ、この古い言葉は今でも刺さるのだと思います。
老人を笑うな、いずれ行く道。
子どもを笑うな、かつて来た道。
技術の世界でも、忘れたくない言葉です。





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